カズオ・イシグロ「遠い山なみの光」


遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)

作品の舞台は戦後間もない長崎で、主人公である悦子の回想という形で物語は進んでいきます。

今はイギリスに住んでいる悦子は娘の自殺という辛い現実に直面し、もう一人の娘であるニキとともに過ごす中で、まだ自分が若い頃に知り合ったある母子について思いを馳せます。

プライドが高く男性に依存しがちな佐知子、佐知子の子供で少し不安定なところがある娘の万里子との交流

また夫の二郎と二郎の父である緒方、いつも温かいまなざしで見守っている藤原などとのやり取りがどちらかと言うとあまり感情を交えず、むしろ淡々とした描かれ方をしています。

この作品では何か大きな出来事が起こるわけではありません。
日々移り変わる長崎を舞台に、主に会話のやり取りの中で物語は進んでいきます。

特に悲観的な場面ではなくても、会話の中にむなしさやさびしさ、やりきれなさを感じました。

過去を懐かしむとか、悲しむなどと言うわけではなく、ただ川の流れのように移り行く時間を、あくまでも客観的に見つめているような作品だなと私は感じました。

この作品はカズオ・イシグロ氏が20代で書き上げたデビュー作です。20代の男性がこれだけ女性の心理を描けることがまず驚きで、あらためて氏の作家としての凄さを感じます。