カズオ・イシグロ「夜想曲集」

音楽好きなカズオ・イシグロ氏の一面が窺える、現時点で氏の唯一の短編集です。

 

もちろん私のようにあまり音楽について知らない人でも、十分に楽しめる内容となっています。

 

「老歌手」という作品では、さまざまなバンドを渡り歩き演奏しているミュージシャンの「私」は観光でベネチアを訪れていた往年のスター、トニーガードナーとふとしたことから出会います。

 

その出会いをきっかけに、「私」はガードナーの立てた計画の片棒を担ぐことになりますが…

 

「降っても晴れても」は大学時代の友人同士の夫婦の元を訪れたレイモンドが夫婦喧嘩に巻き込まれる様子を面白おかしく描いています。

 

夫婦の間で板挟みとなり、お人好しのレイモンド奇妙な行動(鍋で古いブーツを逆さまにして煮てみたり!)をとる様ががなんとも可笑しく、また切なくなる作品でもあります。

 

「モールバンヒルズ」はミュージシャン志望の青年が夏の一時期、故郷の姉夫婦の経営するカフェで働きながら曲を作る姿が描いています。

 

偶然出会ったミュージシャン同士の夫婦との交流は短い間のものでしたが、印象に残りました。

 

夜想曲」は売れないミュージシャンのスティーブがマネージャーの助言により成功のために整形することになり、その入院の模様がユーモラスに描かれています。

 

この作品には他の作品に登場した人物が再登場します。

 

何だかんだと言いながら結局お人好しの スティーブはこの人物に振り回されます。

 

特に二人がホテル内である「冒険」をする場面は、ハラハラしながらも面白く読み進みました。

 最後の作品は、若きチェロ奏者であるティボールとチェロの「大家」であるエロイース・マコーマックの出会いと別れを、かつての演奏仲間であった「私」が回想する形となっています。

 

あることをきっかけとして、ティボールはホテルの一室でエロイースのレッスンを受けることになりますが、ある時、エロイースは驚くべき告白を始めます。

 

この作品に共通しているのは、才能や夢という目には見えないものに対する、手が届きそうで届かないもどかしさではないかと感じました。

 

才能があっても必ず成功するとは限らないし、たとえ成功してもそこにあるのは明るい光だけではないのかもしれません。

 

また、夫婦の関係の一筋縄ではいかない難しさも各作品にそれぞれ違った形で描かれていました。

 

評価☆☆☆