「ペインレス」(上下)天童荒太

今まで天童氏の作品を読んだことのある方なら、冒頭からのいきなりの性描写の連続に、最初は戸惑ってしまうかもしれません。

正直、私も少し戸惑いました。

しかも性描写のには医学関係の専門用語がちりばめられ、赤裸々な表現ではあれ、全然いやらしさを感じません。

セックスにいやらしさがないなんて最初はなんか変な感じだな、という違和感があったのですが、作品を読み進むにつれ、このちぐはぐな、いやらしさのないセックスは、この作品の主人公であり麻酔医の万浬の特異性を良く表して表すためのものだったのだな、と感じるようになりました。

万浬は麻酔医として勤務しながら、ためらうことなく多くの男性と関係を持ちます。

しかしもちろん、それがこの作品のメインテーマではありません。

メインテーマは「ペインレス」つまり心や身体に痛みを持たないこと、です。

海外の赴任先での事故により、身体の痛みを失った森悟が登場する辺りから、この作品は俄然面白くなってきます。

森悟が事故に遭った本当の理由や万浬の母親の生い立ち、祖父と祖母の出会いなどは特に興味深く、万浬という人間にどんどん興味が湧いてきます。

思えばこの作品には、冒頭に登場する曾根夫婦もそうですが、さまざまな形で「痛み」というものに囚われ、取り憑かれた人々が数多く登場します。

万浬自身ももちろんそうですし、万浬の祖父にあたる人物や万浬の母親など、多くの人が心身を問わず痛みに囚われてしまっています。

下巻に入ると万浬の壮絶とも言える過去の出来事や、特殊な痛みを探している曾根の妻である美彌の独白など、さらに興味深い内容となっていきます。

身体に痛みを感じない森悟と心に痛みを感じない万浬の関係は、一体どこに行き着くのでしょうか。

「痛み」というものは人間が生きていく上で受けなければいけない罰であり、また生きるということと切っても切り離せないものなのかもしれません。