獅子文六「てんやわんや」


てんやわんや (ちくま文庫)

太平洋戦争の末期、この作品の主人公である犬丸順吉は、代議士で政界の大物、鬼塚玄三に師事していました。

 しかし、終戦後、戦犯を恐れた鬼塚の命、自分の身を守るため、鬼塚の郷里、南予相生町の相生長者である玉松勘左衛門の屋敷で世話になることになります。

荒廃した東京と比べ、自然が豊かで食糧も豊富、人も寛大なこの地に、犬丸は温かく迎えられます。

 饅頭食いの越智善助、鰻取りの名人田鍋拙雲、佐賀谷青年等の友人もでき、地元の行事にも参加し、この地に馴染んでいきます。夢のような時間を過ごしこの時間がずっと続くかに思われましたかが、、

この作品は戦時中に獅子文六疎開先で経験したことを元にして書かれた作品です。

また、戦時中に自身が書いた作品により獅子文六自らも当局に目をつけられます。しかし出版社などの尽力により、かろうじて戦犯になるのを免れます。

鬼塚の言動や犬丸の雲隠れは、この経験が元になっているようにも思います。

まさに桃源郷という名がふさわしいかの地ですが、やはり東京より少し遅れて時代の波が押し寄せてきます。

犬丸の人物像が何とも憎めないし、周りの人々も一癖も二癖もありますが、皆根は優しく好感が持てます。

特に長者である玉松は、親戚の紹介ではありますが、まるで見ず知らずの犬丸を快く迎え入れます。相生長者として、よい仲間に囲まれ、なに不自由なく暮らす玉松が少し羨ましくなります。

しかし最後には、犬丸のある決意と獅子文六らしい結末が待っています。
とても良い作品ですので、ぜひご一読ください。

評価⭐️⭐️⭐️⭐️